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2017年3月23日 (木)

【オサレ作家の定義】ランチ

【オサレ作家の定義】についての雑文、今回は「ランチ」です。

 いくつか(いや、たったの二つ)書いてみて、気づいたことがある。
 結局最後の結論は「本人が愛しているものなら、なんでもOK」としかならないんじゃね? ということに。
 もちろん前置きとして「質のいいもの」「価値を正当に評価できるもの」なら、ということなんですが、だいたいにおいてこれが自信ない。「好きか嫌いか」でしか評価できないのですよね……。
 しかし、食べ物ならいくらか評価できるというか、もちろん好みもありますけど、「おいしい」と自信もって言えるものの一つです。「馬鹿舌じゃない」という程度ですが──と保険を言ってしまうところが情けないけど、他のよりは、ということです。ご容赦ください。
 しかしそういう状況であっても、失敗してしまうことは多々ある。好きだから余計に。オサレランチをした時などは特に。
 ランチ──それはオサレ作家の真価を問われる食事。嘘です。割と食べかけのあんぱんでも満足するタイプです。そういう場合は、ポルノグラフィティ『メリッサ』の二番を、「今日のお昼をこれで終わらせて~♪」と歌いながら食べる。
 それはさておき、私はランチに夢がある。どこで食べれば、とか、どういうメニューとか、そういうのではなく、「完璧なランチ」というものを目指したい、という、自分でもわけがわからないけど、そういう夢があるのです。たとえそれが食べかけのあんぱんでもそう思う。あんぱんをおいしく食べられれば、それはそれで完璧、ということになるのですよね。
 その場その場で、どう完璧を目指すか、ということを、私はランチに求める。しかし、これは果たしてオサレなのだろうか、という疑問も残る。
 なのでとりあえず、食べかけのあんぱんからは離れて、いわゆる「オサレランチ」に関しての失敗について語る。
 オサレなランチといえば、たとえばフレンチやイタリアンなどのランチコースというのがパッと頭に浮かぶ。和食の懐石でももちろんいいですよ。けど、フレンチやイタリアンだと、前菜やメインを選べたりするじゃないですか。それが楽しい。ワクワクしちゃうのです。
 しかしワクワクしすぎての失敗、というのがつきものなのですよね。月並みの失敗でいうと、前菜とメイン(一品とする)に同じ食材を選んでしまう、というもの。「あっ、魚食べたい!」と思って前菜、あるいはメインを選んだあと、それをすぐに忘れてやっぱり「魚食べたい!」という残滓に引っ張られ、結局もう一方も魚、という悲しい結果になること、私何度やったかなあ。どっちか肉にしろよ。
 これはたいてい一人ランチの時に起こるのです。一人じゃないと指摘してくれたり、相手の選ぶものを見てこっちは違うものにしてシェアする、という方に頭が働くのですが、一人だと「これ食べたい!」に頭が支配されてしまう。なんなの、この侵食具合は。何か別の生き物なの、「これ食べたい!」ってやつは。肩のあたりにのっぺりくっついているの!?
 人と一緒ならオサレランチもできるんですけど、一人だとなぜか変な思考に支配されて、満足いくオサレランチができないのです。泣きながら同じ食材の前菜とメインを食べる。たいてい両方おいしいですけど、「そうじゃない、そうじゃないんだ」と嘆くのはやめられない。
 ただ、端から見るとけっこうオサレランチには見えるかも、というのだけは救いか。「両方魚じゃん、プププ」みたいに言うほどヒマな人はいない。たいてい「魚好きなんだな」としか思われない──はず。

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