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2017年3月11日 (土)

あの日の記録

 忘れてはいけない日です。
 今までクローズドの場にだけアップしていた文章を、載せようと思います。2011年3月11日の翌日に書いたものです。
 10日後に書いたショートショート『ぶたぶたさん』もお時間あったらどうぞ。文庫の『ぶたぶたさん』の載っているものと同じですけれど。

 家で仕事をしているので、いわゆる「帰宅困難者」になる確率はかなり低いだろう、と思っていたのですが、たまたま外出した時にぶち当たるとは……。
 昨日のことを、自分のための憶え書きにしておきます。東北の人たちに比べれば、大したことない経験ですが……。

 最初の地震に遭ったのは、「『よつばとひめくり』展覧会」をやっている渋谷のギャラリーです。見るからに古いビルなので、かなり揺れました。係員が「座ってください!」というので、見ている人みんなで座り込む。全然揺れがおさまらなくて不安な会場に流れるのんきな『よつばと♪』の音楽。
 そのあと、下の階に移動する時、窓から外を見たら、ビルから出てきた人で歩道が埋まっていました。しかし、少したつと人も少なくなり、「早く帰ろう」ということで私たち夫婦は渋谷駅をめざす。
 しかし、JRは全線でストップ。新南口だったので、人は少なかったのですが、そこで大きな余震が。天井からつられたJRの時計がグラグラと揺れ、ガラスorアクリル張りの天井がピキピキ言っていた。悲鳴などはあがらなかったけど、そのあとは公衆電話と改札のところのテレビにみんな群がっていました。テレビの中では、車が流れていた。私、まるで現実味がない。
 電車はまったく動く気配がないし、携帯電話もメールもつながらず、Twitterに少しつぶやける程度。なので、16時頃に歩いて帰ることを決めました。最初の地震は14時46分だから1時間強たっていました。駅にくっついているホテルメッツでトイレを借りたら、フロントに誰もいなくて、とても怖かった(お客さんも含めて全員地下駐車場に避難していた。ロビーの荷物もそのまま)。入っている間にも余震。でも、ここで入っておかないと!
 外に出るとすごく雲行きが悪い……。そういえば、雨か雪が降るって言ってた。折りたたみ傘は持っているけど、お願いだから降らないで、と祈りながら明治通りを北上して、新宿、池袋を目指しました。
 幸い歩くにしたがって天気は快復しましたが、明治通りはかなりの人でした。日曜日の原宿竹下通り並の混雑。ただ、道にも建物にも被害は見当たらなかったので、歩くのが困難ということはありません。途中(原宿から代々木の間?)、誰かが「うわっ!」という悲鳴。見ている方に振り向くと、ビルの壁にひびが! けど、それはそういうデザインのビルでした。シャレにならん……。あとは、ビルの雨どいがはずれているのを目撃した程度だったかなあ。ガラスが落ちているとかもなかったし。
 とにかく、スニーカー履いていたのと防寒対策をちゃんとしていたので、歩くこと自体はつらくありませんでした。でも、情報を仕入れられないのがつらい。ケータイでネットを見ながら歩くのも危ないし、どんどん電池も減ってしまう。渋谷のビックカメラでラジオを買おうとしたら、「安全確認のため」閉まってる! 大きな店舗やデパートなどはどこも閉まっています。コンビニと公衆電話とバス停に大行列。特にバスがすごい。ぎゅう詰めのバスが走っていますが、渋滞でなかなか進まないのもあります。
 目白あたりまで来て、都電荒川線が動いているのを目撃。
「あれに乗ろうか!?」
「けど、王子までなんだよね」
 という会話をしたんだけど、今思うと乗っておけば、と思いましたよ……。その時は埼京線のルートを通ろうとしていたからね……。
 そんなこんなで池袋に到着。渋谷を出てから2時間がたって、18時になっていました。
 ビックカメラが開いてる! と飛び込み、携帯ラジオを二つ買う。ビックカメラは、8階がひどいことになっていて、17時半頃まで閉めていたそうです。
 トイレが長蛇の列だったけど、やっぱり「ここで入っておかないと!」と思う。
 ラジオ(TBSがよく入ったので、主にこれ)を聞き始めたら、いきなり「JRは今日は復旧しません」と断言される。歩く決意を早めにしたのはよかったけど、改めて言われるとその意味に愕然。
 池袋から板橋のルートがよくわからなくて、しばらく迷いました。すっかり暗くなってしまって、ようやく板橋に到着して、交番で道を訊くと、
「飛鳥山(王子)に行ってください」
「ええーっ!」
 結局、王子に行った方がわかりやすいってことなのでした。明治通りをひたすらまっすぐ行けばよかったんですよ。いや、都電に乗ればよかったんですよ……。
 すべての道は王子に通ず。わかった。よくわかったよ……。私が家に帰る時は、とにかく王子と明治通りを目指せ、というわけだな。
 地図を、持ち歩きに便利な地図を買うのだ、と決意する。(遅い)
 王子まで出れば、あとは歩いたことがあるので、楽に進めました。裏通りなので、人も少ないし。途中でお弁当屋さん?の男の人が、通りがかりのサラリーマンに「これ売れ残りにしてもしょうがないんで、買いませんか?」と言っているのを見かける。
 なんか食べとけばよかった、と思った私たち。ひたすら歩くことばかりで、水は持っていたけど、食料はなかったのですよね。今度、というか、歩いて帰宅する時は、適当なところで食事をしないといけない、と思いました。
 お腹ぺこぺこなまま、ようやく赤羽に到着。21時半になっていました……。渋谷から5時間半……。しかし、30分は池袋での買い物&トイレだったので、実質は5時間です。多少迷ったとはいえ。雨が降らなくて、ほんとよかった。駅前はバス待ちの長い列ができてましたよ。
 コンビニで食料を仕入れ、家に帰って、連絡ができなかった双方の実家にも電話したけど、家の電話は通じてなかった……。
 家の中はめちゃくちゃ。私の部屋では、すべてのものが20センチほどズレてました。でも、散乱しているだけで、壊れたり割れたりしているものはほとんどない。旦那の陶器のミニーマウスだけ割れてしまった。相方のミッキーマウスも前に地震で壊れているので、うちの身代わり地蔵だったのかもしれない。もう両方ないけど。だからもう来ないで地震!
 片づけながら、テレビとラジオをつけっぱなしに。NHKのヘリからの津波の映像に呆然。ものすごくゆっくり浸食するように家やビニールハウスを飲み込んでいく様子が恐ろしかった。阪神淡路大震災時の高速道路が倒れていた映像と同じくらいのショック。
 片づけは深夜までかかり、夜中3時過ぎに寝たけど、うとうとしても余震と緊急地震速報で何度も起きる。
 余震は今日もずっと続いていますね。足が震えてもいるので、いつも揺れているように思えてなりません。足は左の膝の裏が特に痛い。どうしてこんなところが……? 

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コメント

そこまでひどくないですが私も小さい頃に自信を経験した事があります。でも、寝てる時に地震が起きても気が付かないから、結構な数経験してるのかも。(*^.^*)

投稿: 真理 | 2017年3月18日 (土) 08時57分

mixiより失礼いたします。
矢崎先生の3.11は大変でしたね…でも旦那様とご一緒だったのは心強かったことかと思います。
友人は先生と同じように、会社から家まで8時間歩いて帰った、会社に泊まった等などおりましたが、同じ東京とはいえ私は逆でとても呑気な状態でした。
偶々お仕事が休みで手芸か何かをしていて、休憩しようと紅茶をカップに注いでいる瞬間の地震でした。
『おぉ~!揺れてる~(揺れが)長いぞ~お茶こぼさないようにしなきゃ~ あ!情報!テレビ、テレビ!』みたいな感じで。(笑)

3.11後でとても印象的なことは、電車が復旧するまでお休みになったこと。
数回あった数時間の夜の計画停電で非常灯の赤いランプ以外、真っ暗な街をベランダから見たこと。
スーパーやコンビニ等のお店のお米、パン、インスタント食品、缶詰などの棚がどこのお店へ行っても全てカラで、買える品物がまったく無く悲しかったこと。
余震も多かったから、揺れてないのに揺れている感覚が続いたこと。
テレビのCMがACの広告ばかりだったこと…

関東大震災等の大きな地震が来ないことを祈るばかりです…

投稿: Saki☆ | 2017年4月15日 (土) 23時24分

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