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2011年3月21日 (月)

ぶたぶたのSS『ぶたぶたさん』

 とあるメールをいただいたのをきっかけに、ぶたぶたのショートショート『ぶたぶたさん』を書いてみました。
 自己満足かもしれませんが、私の本当にできることはこれだけだと思って。ぶたぶたを読んでいる人でないとどうかなあ、と思いつつ、せっかく書いたからえいやっと公開してみます。
 少しでも、和むというか……息抜きとか時間つぶしになればいいな、と。携帯電話でも読めるはずですので。
 続きで全文(原稿用紙6枚程度)を公開していますが、ブクログのパブーにも「矢崎存美のページ」を作りました。100円で公開(ただし全文試し読みできます)していますが、東北地方太平洋沖地震のチャリティ作品ですので、購入すると全額寄付されます。パブーの書籍が買える環境にある人だけでけっこうですので、気が向いたらよろしくお願いいたします。パブーIDがないとそこを通じて寄付はできませんが、無理に取らなくてもいいと思います。寄付ならどこでもできますし、ここでも読めますからね。

 『ぶたぶたさん』

 十年ほど前、わたしは幻を見たことがある。
 夏休みに東京へ行った時、わたしは道に迷った。アスファルトの道からかげろうが昇っているほどで、暑すぎて外に誰もいないくらいの日だった。
 そんな中、わたしは独りでどっちに行ったらいいのかもわからないまま、歩いていた。その時、わたしの足元を横切った影。
 それが「山崎ぶたぶた」という名のぶたのぬいぐるみだった。
 バレーボールくらいの大きさ、桜色の身体。突き出た鼻にそっくり返った右耳、ちょこんとしばったしっぽ。黒ビーズの点目をまっすぐに、暑さもものともせずさっそうと歩く姿。
「はうっ」
 驚いて変な声を出したわたしに、びくっとしたように彼は振り向いた。そう。彼は男性。しかも、その声はおじさんだった。
「どうしたの? 具合悪いんですか?」
 すごく普通なことを訊かれて、またびっくり。
「……いえ、びっくりして」
「ああ、ならよかった」
 どういいのかよくわからないけど、何だか言い方がおかしくて、わたしは笑った。「なら」って何だ、「なら」って。
「暑いのに、帽子もかぶってないですね」
 そういうあなたもかぶっていないが。
「僕は平気なの。影もいっぱいあるしね」
 わたしの疑問に気づいたように答える。道を見やると、わたしには小さくても、彼にはちょうどよさそうな日陰がたくさんあった。
「無理に歩く必要がなければ、ひと休みをしたら?」
「道に迷ったんです」
 わたしは正直に答えた。
「駅に行きたいんですか?」
 うなずくと、
「ちょうどよかった。僕も行くところです。そんなに遠くないですよ」
 濃いピンク色の布が貼られた手を振り、先に立って歩き出した。わたしは、小さなぬいぐるみの小さな影を見ながら、ついていった。
 五分ほど歩いて、本当に駅が現れた。かげろうの中から立ちのぼったみたいだった。このぬいぐるみが、出してくれたのではないか、と思ったくらい。
 電車に乗るまで、二人で駅の小さな喫茶店に入った。彼はそこの常連らしく、駅員も含めて誰も驚いていなかった。
 わたしは冷たいオレンジジュースを飲んだ。甘酸っぱくて、とてもおいしかった。彼はアイスコーヒーを、もくもく動く鼻の先ですすっているみたいに見えた。
 反対方向に乗ると言う彼は、駅のホームでわたしを見送ってくれた。見えなくなるまで窓から見ていたわたしは、もしかして帰れないかも、と一瞬思った。そんなことはなかったが。

 はっと目を開ける。
 夢の中はひどく暑かったが、目覚めた瞬間にぶるっと寒気がした。周囲はまだ暗かったが、もう夜は明けているようだ。
 寝床は硬く、冷え切っていた。別れ際に握手したぶたぶたさんの柔らかさがなつかしい。
 いや、あれはきっと幻だ。いつものように、夢の中の出来事。
 そう思うと、寝床がいっそう冷たく感じた。
 わたしは、寝ていても手放せなくなった携帯電話を握りしめる。この中に、ぶたぶたさんの証拠がある。喫茶店で教えてくれた電話番号。一人旅のわたしを心配して、「何かあったら連絡して」と言ったのだ。
 それから何度か電話は変わったが、電話帳の中には十年間、その番号がひっそりと残っていた。どうしても消せなかったのは、一度もかけなかったからだと今はわかる。
 かけて本当に幻だとわかるのがいやだったからだ。
 わたしが番号を教えていたら、今かけてきてくれただろうか。
 薄闇の中起き上がり、外に出た。つながりにくい携帯電話を持って、公衆電話へ急いだ。
 電話帳のメモリを呼び出し、一つ一つボタンを押した。呼び出し音が鳴ってから、今の時刻を思い出す。どうしよう、と迷ったとたん、
「もしもし」
 夢の中のと同じ声が聞こえた。
「ぶたぶたさん」
 考える間もなく、わたしは呼んだ。指先が白くなるほど握った受話器は、氷のようだった。その冷たさが、息の白さが、朝日のまぶしさが、これは幻ではない、とわたしに訴えていた。
 わたしをとりまくすべてもそうだけれど──信じられない現実がいくつもある中、これだけは信じたい。
「ぶたぶたさん」
 わたしを、憶えていますか?
「憶えてますよ」
 心配してましたよ。
「記憶力いいんですね」
 すると彼は言った。
「僕を憶えてくれる人のことは、忘れません」
 僕は本当は、忘れられやすい存在だから。

 それは、みんなおなじ。

 それでも、忘れられない人はいる。
「ぶたぶたさん」
「はい、何ですか?」
 わたしの声は、もううまく出なかったけれども、彼は多分、電話線を通しても、わかってくれたと思う。

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コメント

読みました。ありがとうございます。茨城県の中央付近に住んでおり、おかげさまでほぼ復旧したものの(まだまだ県内には困っている方が多いのですが)返っていろいろ考えすぎて不安な日々です。こんな時にぶたぶたさんに会えて、本当に本当にうれしいです。ありがとうございました。

投稿: mami | 2011年3月21日 (月) 10時54分

きゃぁ~
ぶたぶたさんのお話を読めるとは!!
チャリティー作品ということ、あとでチャリティーのサイトも覗いてきます。

投稿: らるざ | 2011年3月21日 (月) 19時38分

>MAMIさん
 被災されたのですか! 東京でも不安なのに……。復旧されたのはよかったですが、まだご心配なことたくさんあると思います。少しでも気晴らしになれたようで、私もうれしいです。

>らるざさん
 第2弾も書きましたので、また楽しんでいただけると幸いです〜。

投稿: 矢崎存美 | 2011年3月22日 (火) 12時52分

「僕を憶えてくれる人のことは、忘れません」
なんとなくわたくしには心に響く言葉ですね。
わたくしの思いは片思いが多いので・・・。
ぶたぶたさんに会って、いつまでも覚えていて欲しいnight

投稿: つきのとりこ | 2011年3月22日 (火) 18時04分

祖母を亡くして、先週末葬儀を終えたところです。
被災した方には申し訳ない気がしますが、
個人的な悲しみで、気持ちに余裕がありませんでした。

今回のお話、悲しい話ではないのに、
じんわり心にしみてきて泣きました。
泣いて、少しだけ心が軽くなった気がします。
矢崎先生、ありがとうございました。

投稿: とみたま | 2011年3月22日 (火) 20時19分

またぶたぶたさんに会えてうれしい!
ちょっとじわっとくるお話でしたがよかった。
ありがとうございました。

投稿: なお | 2011年3月22日 (火) 22時35分

地震から全然気持ちにも
生活にも余裕がなくて、
久しぶりにサイトを見ました。
ここでぶたぶたさんに会えるなんて
もっと早くここを見ればよかった。
ちょっと心がホッコリしました(´▽`)

投稿: ちび | 2011年5月10日 (火) 22時38分

 二ヶ月たちましたけど、もう二ヶ月なのか、まだ二ヶ月なのか──いろいろ考えてしまいますよね……。
 少しだけ気が楽になれるお手伝いができるように、今私もがんばっておりますです。

投稿: 矢崎存美 | 2011年5月12日 (木) 07時05分

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